先月5月20日、流産を体験しました。
今回はそのことについて書いてみようと思います。
(長いです)
***
4月、妊娠してるかも、と身体の変化を感じ、
検査薬で結果が出て、病院でも診断されたとき、
同時に感じたことがあります。
「もしかして流産するかもな・・・」
いやいや、思いは現実化するし、
あんまりそんなこと考えんとこ!
と思いながらも、常にそんな気がどこかでしていました。
理由はいくつかあって、
まず第一に私の母親が3回流産していること。
そして、彼女に散々その話を聞かされていて
「あんたももしかしたらするかもね」
という呪いにかけられていたこと(ーー゛)
それからわかる方にセッションをしていただいたとき、
「子宮が気になる」
と言われていたこと。
最近では、メタトロン検査で
「左肩・腕」←古傷
「子宮」
の数値が悪かったこと。
この時は「血液」が原因と出ていました。
私、子宮に何かあるのかなーと思っていました。
と同時に「女性性」の何かもあるのかなーと思っていました。
なので、
妊娠して嬉しかったけれど、
上手く最後まで行けばラッキー♬
でも五分五分かなぁ~
くらいに思ってて、
12週未満での流産は、流産全体の80%と言われているし、
高齢なので、あんまり無理しないように過ごしていました。
(現在40歳です)
5月3週目の日曜の夜、
(多分週数にすると妊娠7週目くらい)
身体の異変を感じました。
めっちゃお腹(子宮)が痛くなって、
(生理痛のひどい感じ)
ちょっと横にならないと、という感じでした。
今までの痛みと違うし、あ~なんかやばそう、
と思うと同時に、
1滴ほどの出血もありました。
でもまあ、妊娠初期の出血はよくある、って
ネットにも書いてあるし、
明日は、検診の日だし、
診てもらってからじゃな、
と思ってました。
で、ビックリなことに、
しんどい身体を励ましながら月曜検診に行くと、
私は予約の日を間違えていて、
その日は帝王切開の日で受診ができなかったのです(゜o゜)←バカ
えーーーーーー!!!
と思いながら、次の日の朝一に診てもらうようにしました。
でもその晩、お風呂でちょっとした出血があって、
ああああああ
という感じでした。
次の日の朝起きて、
布ナプキンに鮮血がついていたので、
はあああああ、たぶんこれやばいやつ。
と思い、母親に電話。
(母親は元産婦人科の看護婦さんなのです)
もう、入院するつもりで、
入院に必要なものを一式カバンに詰め、
産婦人科を受診。
診てもらうのは、
院長先生だったんですが、
この先生、何言っているか聞き取りにくくて”(-“”-)”
とにかく、
あんまりいい状態じゃないけど、
入院しますか、帰ってもいいけど、
みたいな感じで言われ、
母親から
「入院します!」って言うんよ!!
と言われたことを思い出し、
即「入院します」
と回答。
そのまま、入院しました。
絶対安静、点滴生活です。
先生は何も言ってくれなかったけど、
どうやら私は「切迫」さんらしく、
食事は私の食べたいものを丁寧に聞いてくれ、
めっちゃゴージャスでした
フルーツ盛合せとかサラダとかパンとか
(写真撮っておけばよかった~)
で、看護婦さん曰く、
5週目相当しか赤ちゃんは育ってないらしく、
写真で見せてもらっても、
胎嚢は大きくなっていても
赤ちゃんらしきものは見えませんでした。
点滴打たれながら
「・・・これって意味あるんかな」
とずっと思っていました。
院長先生が来てくれて、
「これって意味あるんですかね?」
と聞くとw
赤ちゃんらしきものは見えてるので、
可能性は十分あります。
そんなに急いで判断する必要はない、
と言われ、
「はぁ。そうですか。」
という感じ。
wifiがあったので、Youtube見放題でしたが、
安静に過ごしました。
で、その日の晩、消灯があり、
40分後くらいに
ものすっごい激痛がお腹に走ります。
もう、生理痛のメチャクチャ酷い版!!!
こんなとき、
私はやることがあって、
手を子宮に当てて、
子宮とお話をします。
私「ごめんね。本当にごめんね。」
この痛みから、子宮がすごく怒っているように感じたのです。
子宮「・・・」
私「何をそんなに怒っているの??」
(イメージ)
・この歳になるまで妊娠に至らなかったこと←これが一番でかい
・今までの男性経験で男性にされた嫌なこと
・大事にされなかったこと
が浮かんできて、
泣きました。
この感情は、私の中の奥深くにあるもので、
全部、子宮が背負ってくれていたんだ。
と理解したからです。
私のつらいと思うこと、
苦しい、しんどい部分を
子宮は全部一手に引き受けてくれていたのです。
私の分身として。
私「ああああああ、本当にごめんね。今までほったらかしにしていて本当にごめんなさい。」
とひたすら謝り続けました。
その間、たぶん、
5~10分くらいだったと思いますが、
そう悟ってからは
すうっと痛みが引いていき、
私も自然と眠りについていました。
・・・
で、朝6時ごろ。
ベッドから起きて立ち上がるときに
「ん?」
生理のときによくある、出てくる感じ。
トイレに行ってビックリ!!!
もう、まっかっかです(゜o゜)!
布ナプを取ろうとしたら、
ショーツの上に何か物体が、、、
素人の私にでもわかりましたが、
袋状のもの=胎嚢
でした。
これは先生に見せるものかしら、
とおもって、大量のトイレットペーパーでくるんで
布ナプの処理をして、
落ち着いてからナースコール。
看護婦さんに事の顛末を話します。
看護婦さん「夜、相当痛かったでしょう?なんで呼んでくれなかったの?」
私「痛みが引いたらそのまま寝てましたw(本当は痛み止めとか飲まされるのが嫌だった)」
看護婦さん「え~・・・・」
と引かれながら、
私「もう点滴外してもらえますか?」
看護婦さん「まだ一応つけちょって。赤ちゃんまだおるかもしれんし、ね!」
私「・・・は、はあ」
いるわけないじゃーん!
絶対流れてるのに!
・・・でも、これってささやかな思いやり、なんかなぁ~~~(-“-)
と複雑な思いになりながら、
3時間ほど待って、検診。
(その間、無駄な点滴、、、ホンマに嫌だった。。。)
子宮の中に何も残ってないことがわかり、
院長先生からも
「心が落ち着くまで、いつまでもお部屋にいたらいいから」
と優しい言葉をかけてもらい、
看護婦さんにも気を使ってもらって、
「つらいね、、、」
という感じでしたが、
私は、
3日前から何となくわかっていた、
なんなら、3日前の身体の異変のときに
めっちゃ心が揺さぶられ、
流産ほぼ確定かも。。。と
そのときある程度覚悟はできていたので、
冷静で、
むしろ、
早く退院したくてしょうがなかったです。
部屋に帰って、
着替えて、
そうはいっても身体はすごくしんどいので、
少しベッドで横になりながら、
(これ、泣いた方がいいのかな)と思いながら、
昨日の子宮との会話を思い出し、
ほろりと泣いて、
そのまま病院を出ました。
・・・
その後、
母親に報告すると、
流産したその日に自分で車を運転して帰ってきた
ことに対し、
「あんた、たくましいな!」
と褒められw
次の日には、
スーパーに買い物に行き、
ばったりお義母さんお義父さんに会ってしまい”(-“”-)”
めっちゃ心配されました(´ー`)
・・・
(余談)
一週間後、
検診に行ったとき、
子宮はきれいになっていたのですが、
なんとポリープが見つかり、その場で取ってもらいました。
そして良性だったことがわかり一安心。
・・・子宮さん、本当に今までごめんね。
これからは一緒にずっといようね!
そしてちゃんと幸せになろうね!^^